7・図書館にて







その場所は、酷く茫洋としていた。
白と緑の空間…辺りは一面の暗い緑で…白い点が発光しているようで、
不思議な安堵感と恍惚感があった。
どこかで来たことがあるような気がして辺りを見渡せば…背後には重く佇む神社。
ああそうか。と突然思い出す。
そう此処は、以前一度百に連れられてきた、あの百の居る場所。
私は一人だ。一人で此処に居る。
でも百がいなきゃ此処にはこれないのに。私はどうやってここまで来たんだろう。
もしかして百に連れてきてもらったのかな。でも百はいないようだ。
不思議に思って、神社へと歩み寄る。
社殿の中が格子越しに見えた。

仄かな金色の…蝋燭の光だろうか、頼りなく照らされて、
社殿の中にはぼんやりと浮かぶ祭壇を見ることが出来た。
吸い寄せられるように社殿の扉に手を掛ければ、
軋んだ音を立てながらゆっくり扉が開かれた。

「…百?いないの?」

様子を伺いながら中に呼びかけるが、返事は無い。
後ろ手に扉を閉めると、ふっと空気が揺らぐ。
中はひんやりと冷たくて。素足だった私は、その冷たさに少し驚いて身を引いた。
その時になって漸く、入ってしまってもいいのかという疑問が沸いてきたが…
まぁ、バレなきゃいいだろう。百が帰ってきたら、言い訳を考えよう。
祭壇は大きなものだった。両脇で光を宿す金色の蝋燭が静かに燃えている。
ぺたりと座り込み、ぼんやりそれを眺める。
早く百が帰ってこないかな。そしたら何を話そうかな。
もしかしたら此処に入ってきたこと、怒られちゃうかもしれない。
とりとめもなく考えていると、突然背後の格子が軋む音がした。
百だと思って振り返り…

驚きに、血が凍りついたように身動き一つ取れない。

「竜胆、何をしているのだ。こちらへ参れ」

いつものように呼びかけるのは、百なのに。

声が掠れて、うまく出ない。

「…百…?」

喉に引っかかる何かを堪えて呼びかければ、ソレは少し笑ったようだった。

「そうだ。何をしている。早く来ぬか」

手を、多分手のようなものを、格子越しに差し出す。

「………」

けれど私はその手を取れない。

この声は正に百の声。


だけど…だけど、見た目は…


…ただの怪物。


百の美しさなどカケラも無い、まるでおぞましい怪物。

大きな…蔦や茨でぐるぐるに巻かれた翼は、所々骨が見え隠れしている。

同じく大きな身体は、緑の植物達が所狭しと咲き乱れて、皮膚を破って。

顔には…もう、何も無い。覆い尽くされているのだ。

おぞましく豊かで、けれど冷たすぎる緑に。

けれど不思議と恐ろしくは無かった。

ただ…不安なのだ。

「……百………」

何故か涙が溢れそうだった。
なぜかは解らない。けれど何かがとても哀しかった。

様子を見た百が、ふっとその空気を緩める。

そして

「竜胆よ…お前は連れてゆかねばならぬ」

何処に?何の為に?如何して?

諦めたように、伸ばしたままだった百の手が落ちる。

「俺がそう決める時は大人しく、その魂を捧げろ」

まるで何を言っているのか解らない。
決めるって何を、魂ってどういうこと。
解らない。解らないよ。
第一、私にはあんたが本当に百なのかも、解らないのに。
悔しさと訳の解らない悲しみに、涙が一筋流れた。

そっと格子に近寄り、その姿を眺める。
肌を突き破って生える植物が痛そうで、思わずその肌に手を伸ばす。
すると、肌に触れる寸前でその手をそっと…先まで延ばされていた手が捉える。
体温が無い。けれど冷たくは無い。

「…百…解らないよ…如何して…?」

何を聞いているのかも解らないけど、そう問わずにはいられなかった。
がさりと音を立てて、百が少し俯く。

「俺には解るが、お前には常しえに解らぬのだ」

そして手が離されて、彼が天を仰いだ。

「俺が何かということも。お前が何かということも」



俺が何か知りたいか。


お前が何か知りたいか。



竜胆よ。



人間よ。



**********





急激な覚醒に、がばっと起き上がる。
静かな部屋は、カーテンに日光を遮られて薄暗い。
充満する昼間の空気が、辛うじて今が朝だということに気付かせた。
何故か肩で息をしている。胸が苦しい。
酷く哀しい夢を見た気がするが…思い出せない。

はぁ、と一息ついて、首を振る。
思い出せないものはしょうがないし、夢なんて大したことじゃない。
何かに追いかけられたり、階段から落ちそうになった夢かもしれない。
そんな夢なら誰だって見るし、これといった意味は無い。
気分を入れ替えるように立ち上がってカーテンを開ける。
開け放したままだった窓から、夏の熱気が入り込む。
相変わらず元気に太陽は輝き、緑はぬくぬくと健やかに風に揺れる。
「…はぁ〜あ…さて、着替えますか」
目一杯伸びをした後、夢のことなどすっかり頭から追いやって、着替えを始めた。
どんな夢であったかなど、まして追求することもせず。






今日も今日とて、私は学校に用があった。
特別必要というわけではないが…図書室に行くためである。
実は私、こう見えて結構本が好きで。
読書感想文が課題として出ているわけでは決して無いのだが、
何か読もうという気になっていたのだ。
以前一度だけ図書室に行ったときに、非常に興味深いものを幾つか見つけていたし。
今回はそれを借りに行こうというわけだ。

朝ごはんを食べた後、鍵と携帯と財布だけを詰め込んだ鞄を持ち、部屋を出る。
今日も相変わらず母も父もいない。静かなリビングを抜けて、玄関へ。
そしてふと思い出す。
「今日…百来るかな」
そう。この前プールに行った後も、毎日のように彼は窓から侵入してきた。
相変わらず他愛ない話をしながら、時々ご飯を作ってあげたり…。
そんなノリで、多分今日も来るはずなのだが…まぁいい。
多分私の気配を察知して、また何処からともなく現れるに違いない。
彼も暇じゃないとか何とか言いつつ、入り浸っている。
実は結構暇なんじゃないかとも思うが…時々思い出したように出かけて、
一日二日顔を見せないこともあるから、やっぱり暇じゃないのかもしれない。
何にせよ彼と一緒に遊ぶのは、ほぼ日課となっている。
おかしなことであるが、彼が来ない日は退屈で、早くまた来ないかと、
待っている私が居るのも事実だし。
来て何をするというわけじゃないのに。
していることといえば、TVゲームをしたり、各々漫画やら雑誌を読んだり、
ちょっと近くまで散歩してみたり。
…本当に極普通のことをしているだけなのだ。
百は相変わらず私が何も無い所でコケるのを見て笑って、私はそれに怒って、
逆に百を挑発しようとして失敗したり…。
そんなことをつらつら考えつつ、つま先をとんとん叩きながら、家のドアを開ける…
すると

「先回りさせてもらった」

考えるまでも無かったというわけで。
いつもどおり、涼しげな百の顔には、矢張りいつも通りの嫌味な笑みが。
「そうみたい…だね」
相変わらず心臓に悪い登場の仕方なことで。
ちょっと驚いて肩をびくつかせたのとか、一瞬顔が引きつったのかとか、
多分全部お見通しなんだろうけど、そりゃお前が悪いんだ。
ちょっと毒づきながらも、一緒に玄関から出かけることとになりました。






************







こうして考えてみると、百と一緒にお出かけするというのも、何だか慣れたものだ。
最初こそ百が人目についていいものかと冷や冷やしていたが、
百が見える人のほうが少ないということに気付いてからは、随分と出かけるようになった。
…とは言っても、そもそも道で人と会うこと自体が少ないので、
それに安心しているというか。
泉君や母がおかしいということに、今更気付いたというか。

それはともかく。
今日も今日で随分と日差しが強かった。
日焼け止めはばっちり塗ってきたものの…ちょっと不安だ。
「はぁ…暑い…」
うんざりしながら空を仰げば、綺麗に塗りこめられた白と蒼。
画になる空なのだろうが…今はそれどころじゃない。
「確かに今日は些か…乾くな」
隣に居る百も、珍しく呟く。
「へぇ…あんたでもそういうこと思うのね。意外」
実際に百が温度差に左右されるようなことを言っているのを聞くのは、初めてだ。
てっきり変温動物なのかと思った。
「暑さは感じないが…俺は渇きとは相性が悪い」
ああ勘違い。やっぱ気候なんて関係ないのね。
それにしても、百がよく言う相性とは何のことなのか。愛称?愛唱?哀傷?
さっぱり解らない。
「ふぅん…神様って、不思議」
言えば、百が不敵に笑いながら私を見下ろす。
「お前に言われたくは無いな」
まぁ確かに…って、納得するところじゃないし。
けれど返す言葉が見つからない。
「…でもやっぱ百が一番不思議」
強引にこじつければ、また彼がくっと喉で笑う。
多分凄くニヒルな顔をしてるんだろうけど…見たらむかつくから、見ない。
綺麗だから余計にむかつくというか…綺麗だと思っちゃう自分が悔しいというか。
そんなことを考えているとは露知らず、徐に百が口を開く。

「そういえば、泉は随分とお前の為に動いているようだ」

「はぁ?…何の話よ、ソレ」
訳がわからん。大体なんで突然泉君の話で、泉君の動きに関する話なんだ。
「お前は気付くまいな。いや、些か親切が過ぎたようだ」
くっくっくと、悪役みたいな笑い方をしているもんだから、
胡散臭いものを見る目で見てしまう。
この人自分で親切とか言っちゃったよ。百なら精々新雪ってとこだろうに。
いやそれも訳がわからないけど。新雪って。
「いや、ただな…俺も神の端くれとして、少し哀れに思うのさ。
自ずとお前にも解るだろう…時が満ちればだが」
満足げに演説会を開いてらっしゃる百師匠は、既に何処か遠くを見ている。
方や私には何のことやらさっぱりわからないので、「ふぅん」と生返事を返すしか無い。
その内解るんだったら、今此処で百に問い詰める必要も無いだろうし。
…きっと聞いても、また訳の解らんことを言われて理解出来ない挙句、
馬鹿呼ばわりされて終わるオチは目に見えている。
そんなのヤだ。
「まぁ、時が満ちたとて、今のお前ではどうしようもないことかもしれぬが」
嗚呼結局馬鹿呼ばわりか。いや、ヤッパリわかんないけどさ。
「それより…これから学校行くんだけど…」
百みたいなのが学校をうろうろしてるのを見られたら、何かちょっと不味いだろうな。
生徒とか居たら、「誰この人?!」てなるだろうし、下手したら不審者扱いだし…。
以前から百が他の人に見られることを気に掛けていたから、多分そんなことも全て
お見通しなのだろう、百は安心しろとでも言うように頷く。
「ああ。その辺は大丈夫だ。お前以外には見えない」
ああそうなんですか。神様って器用なんですね。安心したよ。
出来れば母や泉君のときもそうして欲しかったな。
…って、ん?ちょっと待てよ。
他の人に百が見えちゃ嫌って…何か。何かアレじゃないか。
独占欲っぽくないか…?
いやいや、そうじゃなくて、私は百が人々に見えることによって起こるアクシデンツを
なくしたいだけ…。
でも…でも…確かに私だけに見えていて欲しい…ような気がしないでもない。

ぐるぐるしている私とは対照的に、百は実に楽しそうだ。
「お前が行くガッコウとやら、なかなか面白そうだ。
プールも非常に興味深い場所であったしなぁ」
言って、何を想像しているのか(もしくは感知しているのか…)にやりと唇を歪める。
「物好きだねぇ…」
またなんか変なことしでかすなよ…。
横目でちらりと見やれば、どうやら言葉通りに、本当にうきうきしているようだ。
…こんな神様にどーのこーの想うのって…ああもう、いいや。
悶々としていても埒が明かない。
「変なことしないでね、そしたら色々連れてってあげるから…」
まるで子どもに言い聞かせているようだ。
けれどこれは案外効いたようだ。
「む、お前神に意見するのか。だがまぁいいだろう、お前に従っていてやる…今回はな」
最後が気になるところだが…とにかく今回は何事も起こらないことを祈る…しかない。
…また突然空飛ぶ、なんてことも、やらかしそうで恐ろしい。





*********





自慢じゃないが、私の背はお世辞にも高いとは言いがたい。
まぁ普通…よりちょっと低いくらいか。
一応何事も無く学校に着いて、早速図書室に着いた私は今、高い高い…
ひたすら高い本棚を前に、立ち尽くしていた。
百はといえば…さっきの話はどうやら本当のことだったらしく、
見えないことをイイことに、本なんかには興味が無いのか、
はたまた只単純に気が向いたのかは知らないが…

ぐるぐるとグラウンドを飛行中である。

ゴキゲンにぐるぐると。
部活に勤しむ高校球児達の頭上で快適な空の旅の真っ最中である。

なるべくそちらを見ないようにしつつも、ついあの不思議な光景に目を奪われる。
3階のこの窓から飛び出して行ったときには流石に焦ったが…まぁいいや。

にしても。今はあのゴキゲンな神様などは問題じゃない。
…いや、問題なのだが、色々問題なのだが。
それは一切無視する。
そう。そして一番目下の問題は…

棚に並ぶ本が取れないということ。

畜生。せめてあのゴキゲン野郎が気付いてくれればなぁ。とは思うものの、
あんなに気持ち良さそうに飛んでいる彼を見ると、一概に呼ぶ(念じる?)ことも出来ない。
せめて何か台になるものはないか…と周囲を見渡してみるが、何も無い。
仕方ない。
今丁度誰もいないし〜♪とばかりに、さっと手近にあった椅子を動かす。
そして誰も入ってくる気配が無いのを見計らって、椅子に乗る。
…本当は、椅子を踏み台にしちゃいかんのだけどね。
これはしょうがない。しょうがないのだよ!
世間がミニマムに住み易いように作られていないこと、それ自体がオカシイんだから!!
意味不明な持論を誰にとも無く振りかざし、
やっと手の届く位置に来た本をゴキゲンに選ぶ。
私が読みたいのは〜♪と…探して。あった。
本の背に指を掛け、引っ張る。すると隣にあった本もついでとばかりに出てきて、
それを押し込めつつ、目的の本を取ろうとした、その瞬間


がらっ



ぱっとドアの方向へと目をやれば、眼鏡をかけた長身の青年。
私の今の体勢を見て、彼は思いっきり眉を寄せた。
やばい!!見られた!!お叱りうける!とばかりに慌てて椅子から降りようとした、
その途端、

「わ、と、っきゃあ!!」

バランスを見事に崩した挙句、どすんと床に尻餅をつく。
椅子の高さから落ちたから…結構痛い。嗚呼桃尻よ。私の桃尻よ。
いや…別に実際桃尻かどうかは知らないけどね。
瞬間そんな馬鹿なことを考えていた所為か、
トドメとばかりに本がばさばさと何冊か降ってくる始末。
ごんごん、と頭に本を殴られつつ、起き上がる。
「いったー…」
もっと馬鹿になったらどうしてくれんのよ。
と呟きかけたその時、近くに人の気配を感じて顔を上げようとして…思い出す。
そういえば…ちょっとだけ忘れていたが…確か人が。
恐る恐る見上げれば、超、超仏頂面の青年。
それなりに綺麗な顔はしているのに…目が、目が隈だらけ。
しかも、肌はきめ細かくてもっちり美白★じゃなくて…既に蒼白の領域。
そんな人が眼鏡をきらりと光らせ、私を見下ろし、一言。

「…何をしているんですか」

…ひえぇぇぇぇっこえぇぇぇぇっ!!!!!!

思わず、後ずさり。

「…椅子の上に乗るなど、女のすることではないですよ」

また、後ずさり。

額には冷や汗が浮かぶ。

そして、彼は少し言いづらそうに続ける。


「…それに、その格好だと下着が見えていますよ」


瞬間、少しだけフリーズ。

そして

「きゃあああああああ!!!!」

急いでスカートを抑えて、あまりの恥ずかしさに俯く。
尻餅をついた状態で後ずさりしていたから、
これじゃヤツも言ってた通り、まんまイン●ンじゃないかぁぁ!!
畜生…乙女の下着を、よりによってこんな顔面蒼白なヤツに見られるなんて…
竜胆、一生の不覚で御座います。
真っ赤になりながらぐるぐるしている私に、その蒼白男はまた一言ぼそりと呟く。

「…アナタ馬鹿ですか」

瞬間、私の中で何かがプツリときれる。
イチイチ誰かみたいなこと言いやがって…!!!!
「五月蝿いわねぇ!大体あんた何で突然入ってくんのよ!!ノックぐらいしろ!!」
冷静な自分が、ちょっとそりゃないだろ、と突っ込むが…この際無視だ。
「…何故私がノックなどしなければいけないのですか。此処は学校の図書室でしょう」
正論だ。
悔しいけれど、何か言い返さなければ気が済まない。
「っそうだけど!!もう少しレディを助けるとかしたらどうなのよ!!」
びしっと指を突きつけてはみるものの…
嫌味なことに、この蒼白男との身長差で、
私がヤツの胸あたりで暴れているだけのようになってしまう。
しかも。この顔面蒼白気障貧弱野郎、大げさに溜息なんぞ吐いていやがるし。
「…アナタよくそんな勢いで自分をレディとか言えますね…」
「だぁぁぁあ!!!じゃかあしいっ!!!大体あんた何様!!!」
「…図書委員長様ですよ。アナタこそ、何なんですか」
ああなるほど。だから入ってきたわけね。
と納得している場合じゃなく…逆に聞かれて、うっと言葉に詰まる。
が、何も言い返せずには勿論居られないわけで。

「ふ、ふん。私はねぇ、佐野竜胆様!!夜の帝王!!!思い知れ!!!」

意味が解らない。
多分ヤツもそう思ったのだろう。私も思った。
それ単に本名じゃん。みたいな。
何が夜の帝王なの。性別まで違うよ。それ新種の走り屋?みたいな…。
ヤツも一瞬ぽかんとした後、あきれ返ったように首を振った。

「…何を思い知ればいいんですか…」

確かにそうだ。
「〜っとにかく、見逃して!!」
何だか訳がわからない。此処までくると自分で言ってても疲れる。
嗚呼。やっぱり私って馬鹿だったのかも……って、今更か。
ヤツも益々呆れたように溜息を吐きながら、椅子を元に戻す。
「アナタみたいな馬鹿は見たことありませんよ…それで、どうするんです?」
「…?何が」
聞き捨てならんものを聞いて、
些か憮然として聞き返せば、ヤツが落ちた本を拾い集めているところ。
「…本ですよ。借りるんですか」
慌てて私も元に戻そうと本を拾い集めて棚に戻そうとするが…
「っ、っ…!!」
やっぱり手が届かない。
すると、すっと横から真っ白な手が伸びてきて、それを棚に納める。
あ。と思っている間に、彼はすっと二冊の本を差し出してくる。
「それと…探していたのは、これですか」
見てみれば、私が取ろうと躍起になっていた本。
「あ、…ありがと」
何で解ったかな。とは思いつつ、それしか言えずに俯く。
彼はそれを貸し出し処理するために、図書係りの机に向かって何か書き込んでいるようだった。
その後姿を見つつ、そういえばと窓の外を見渡すが…
(あれ…百がいない)
どこに行ったのだろうと窓に駆け寄って見回すが…やはりいないようだ。
そして
『竜胆。此処だ』
頭の中で声がして、急いで振り向くと、其処には本棚の上に悠々と胡坐をかいている百の姿。
図書委員長の蒼白野郎には見えないのだろうけど、ちょっと焦ってしまう。
声にならない声が出てしまう。
『百っそんなとこで何してんの!!降りて降りて!!』
手招きしてみるが、彼は明らかに怪しい微笑を浮かべただけで、委員長の方へと首を向ける。
私も急いで委員長の元へ行くと、彼は既に手続きを終えたのか、
本を持ったままで本棚を物色しているところだった。
「あ、あの本…」
さっきまでの勢いも失せて、どうしたいいのかと、思わずしどろもどろになってしまう。
そういえば、さっきは突然なうえに随分失礼なことも言った気がするが…。
「…一週間以内に返却して下さい」
「は、ハイ」
本を受け取り、謝ろうかと躊躇していると…彼の背後で、百が突然現れる。
そして、ニヤニヤ笑いながら委員長越しに私を見つめる。
…明らかに含みのある笑顔だ。
焦るあまり、思わず手招きしてしまう。
が、百は益々にやにやしているし、委員長は訝しげに背後を振り返る。
しかし彼には何も見えていないのだろう。少し首を傾げる。
「他に…私に何か御用でも?」
当然の反応なのだが…困る。
そして咄嗟に出たのが
「えっ…あ、その…ちょっと、お耳を拝借してもいいですか」
明らかに嫌そうにしている。
そりゃそうである、こんな見ず知らずの人間に。
が、彼が一応一歩私に近づいて、少し身をかがめる。
そしてその耳に何かを言おうとして唇を寄せた。
あああ。言う言葉が思いつかない!!
あ。でも。

「その…委員長、また休み中に此処来ていいですか…?」

確かに聞きたいっちゃ聞きたいことだけど…別にこそこそ囁くほどのことじゃないわな。
一気に言って、急いで身を離す。だって嫌そうだしね。相手が。
すると委員長、少し考えるようなそぶりを見せた後、軽く頷いた。
「いいですよ…ただ私は、あまりここに居ませんが…」
ぼそぼそ呟く委員長の後ろでは、百が相変わらず面白そうに眺めている。
恐らく何をするつもりもないのだろうが…あの笑顔はちょっと恐い。
出来れば早々に引き上げたい。
「有難う御座います、じゃ、じゃあ…失礼しますっ」
一応嬉しそうな顔もしながら、慌てて図書室を出ようとしたところで
「佐野竜胆…アナタの本の趣味は、非常に変わっていますね…」
少しだけ何かを含んだように委員長が言うのを聞いて思わず振り返るが、
彼はそれ以上何も言わず、含み笑いのままに小さく手を振った。
何が何だかよく解らないが、とにかく適当に笑って誤魔化し、
私は漸く図書室を後にした。
背後に幽霊の如く着いてくる百をしっかりと確認しながら…。










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