8・暴風・不良・本性注意報






ぎこちなく扉を閉めて、一息。
扉に寄りかかってずるずるとしゃがみこむ。
目の前には、例のいけ好かない神様。

『お前は何を挙動不審になる?実に不思議なヤツだ』

あんたが居るから、こっちは気が気でなかったんだよ。
と目で訴えれば、ふんと鼻で笑った後、徐に手を差し出す。

『さて、約束通り学校を案内してもらおうか?さぁ立て』

此処でもし何か言えれば、てめぇ案内してもらう分際で何を偉そうに、
とでも言うところなのだが…
まだ此処は図書室の前で、その図書室の中にはさっきの顔面蒼白委員長がいらっさる。
ぎゃーすか騒ぐわけにも行かない…ので、渋々その手を取る。

『もう…本当に何もしないでよ?』

『するものか』

本当かなぁ…。神様のくせに随分といい加減だし、こいつ。
なんて内心で毒づきながら立ち上がり、約束通り案内すべく歩き出した。




*******




が、案内するといっても…。

学校は学校である。

特別面白いものはない。とりあえず私にとっては。
けれど百には様々なものが面白く感じるようで、興味津々といった風に眺めている。
そんなこんなで、一応ざっと見て廻った後、当ても無く廊下を歩いているときだった。
ふと窓から下を覗いていた…百の足がぴたりと止まる。
『竜胆、見てみろ。面白いものがある』
『え、何?』
どうしたのかと振り返り、その視線を辿り…。

「っ??!!!」

驚きのあまり、もっとよく見ようとして窓にかじりつく。
この窓から見えるのは、丁度体育館の横の、人気の無い通り。
其処にはちょっと感じの悪そうな数人の生徒がたむろしていて、何と、その中心には…

「いっ…泉君?!」

そう。あの美貌の萌えキャラ、泉薫の姿があったのだ。
思わず声に出してしまったが、今はそんなことに気を使っている余裕すらない。
勿論この様子で一番想像しやすいのが…たかり、とか、脅迫、とか、いじめ…。
一瞬にして色々な想像をしてしまった私は、少しの間動くことが出来なかった。
が、
『なかなか面白いことをしているな、泉とやらは…』
くくっと喉で笑う百の声で、はっとする。
そうだ。何をしているのだろう。助けに行かなければ!!
あんな大人数に泉君が晒されては…あんないかつい男に何を…

いかつい男になにを…


なにを…


ナニをされてしまう!!

瞬間、私の怒りは頂点に達した。
色んな意味で、周りを見失いつつ。

「泉君のハジメテは私以外に認めないわ!!百、行くわよ!!!」

冷静になればとんでもないことを叫びつつ、私は廊下を駆け出した。
背後では百が、殊更意地の悪そうな笑みを深めていることには、遂に知らないまま…。







全速力で学校を駆け抜け、漸くその場に着いたとき…私は多分、
特撮ヒーローモノとシンクロしていたと思う。

泉君を囲んでいるのは、矢張りというか何と言うか…いかにもそういうことをしそうな、
いやらしそ…いかつくて、感じ悪い、そんな奴等だった。許せない。
そんな大勢で泉君を囲んで…純情な泉君を今にも汚してしまいそうだ。
実は近くまで来てちょっとたじろいだが…それでは泉君の大切なものは失われてしまう!!
勇気出せ、竜胆!!
すぅっと息を吸い込む。

「おいこら下衆共!!!泉君に触るんじゃないっ!!!!!」

私の声に、そいつらが一斉に振り返る。
…しかし、全員のその顔に不思議と覇気は無い。
どちらかと言うと、げんなりしたような。そんな表情だ。
が、今の私にはそんなことどうだっていい。

「佐野さん?!」

泉君が驚いたように大きな目を更に大きく見開いて、私を見てる。
私にはそれが『佐野さん助けてっ!!俺…俺、壊れちゃう!!』という視線に、
勿論見えるわけで。
「泉君!!もうこれで大丈夫!何もされなかった?!ケガはない?!」
いかつい男どもを押しのけ、泉君を背にかばう。
じろりと周囲を見渡せば…女の私ごときを畏れているのか、
やつ等は互いに気まずそうに目配せしているだけだ。
こんな腰抜けが泉君を襲おうとしていたなんて!!本当に腹が立つ。
「卑怯者!あんたら男じゃないわ!!
こんな可愛い泉君に寄ってたかってナニしようしてるか知らないけど…」
「佐野さん、俺は大丈夫だよ?それにこいつらね…」
「全員成敗してやるわ!!夜の帝王の実力、その目でしかと見届けなさい!!!」
「佐野さんったら!」
ぎゅっと制服の袖を引っ張られて、私は漸く振り返る。
「いいのよ泉君!!解ってる、解ってるわ、泉君は優しすぎるのよね?」
解ってるわ。そうよね。
とばかりにぎゅっと泉君の手を握ると、彼は少し照れたように笑いながらも、
緩く首を振る。

「違うってば。そうじゃなくて…こいつら、俺の友達なんだよ」



一瞬。妙な間が空いた。



「ええっ??そ、…そうなの?」


必死に言い募る泉君の表情に嘘はない。途端に勢いを削がれる。
特に何をするつもりでもなく構えておいたファイティングポーズも崩れてしまう。

「そうなんだ。こいつらは僕の友達…そうだよな?」

一瞬やつ等に向かって振り向いた泉君がそう問えば、やつ等はぎこちなくもこくこくと
頷いている。ちょっと冷や汗が垂れているよな気もするが…
きっと私のあまりの形相に恐れをなしていた為だろう。
泉君のお友達ならば、ちょっと悪いことをしてしまった。
どうにも信じがたいが…泉君が嘘をつくとも思えないし。
「そ、そうだったんだ…ごめんね!!私てっきり泉君が何かされてるのかと思って…」
途端に恥ずかしくなって、彼らにもごめんね、と頭を下げる。
「あ、そんな、いいんだよ!!佐野さんは何も悪くないんだからっ!」
泉君が慌てたように言ってくれるが…内心かなり冷や冷やしてる。
冷静になってきた頭は、余計に恥ずかしさを煽る。

私は何て勘違いをっっっっ!!!!
泉君のお友達だったなんて!!!

あーもう。顔あげらんないよぅ…と俯いたまま溜息をつく私に、
泉君は矢張り天使のように優しい。
「ほら、こいつらってそういう風に見えやすいからさ。大丈夫だよ?」
だから顔を上げて?ね?
言われておずおずと顔を上げると…ああ。ちょっと鼻血吹きそうになる笑顔が…。
それにちょっと癒されて、ぎこちなく笑う。
「ところで…佐野さんはどうして今日学校に?」
「今日は本を借りに来たの。そしたら…あ、そうだ聞いてよ泉君!!
あの図書委員長、凄い感じ悪いんだから!!」
そうだ。どうせだから泉君に聞いてもらおう。あの顔面蒼白無神経破廉恥野郎の話を。
「…図書委員長…と何かあったの?」
一瞬だけ、泉君の表情が曇る。けれど今の私は再び勢いを取り戻している状態で、
それに気付けない。
「そうなの!!もうっ人のこと馬鹿呼ばわりだし。
悪い人じゃないんだろうけど、ちょっと失礼よね!!」
パンツ見られたのは…恥ずかしいから言わないけどさ。
「ふぅん…図書委員長なら、天海先輩のことだね」
心当たりがあるのか、泉君は少し考え込むように呟いた。
「テンカイ?そういう名前なんだー。面白いね…って、先輩なの?!」
思い切りタメ口きいちゃったよ…と今更ながらに焦る私の横で、泉君が淡々と続ける。
「うん。あの人は凄く頭がいいからね。学校の中でも有名だよ。
…滅多に人と話さない人間嫌いとしても有名だけどね。図書室に居たの?」
「うん。そうだよ」
へー。人間嫌いなわけか。道理であんな失礼なことを。
と私が思う筋はないのだろうが、思ってしまう。
…何だかあの人も面白そうだと感じていたんだけどなぁ。
人間嫌いってことは、勿論私も嫌だよねぇ。
実際もっと嫌われそうな感じもしたし…まぁいいや。今度また話しかけてみようっと。
私はむくむくとわきあがる好奇心に、思わずにやりと口角を歪める。
「でも、何かあの人面白そうだよねぇ」
にやにやしながら言えば、泉君がぶんぶんと首を横に振る。
やけに必死な様子なので少し驚けば

「ダメっ!!佐野さんは俺と一緒に居ようよ!」

……これって。これってさぁ…もしかして…誘ってるのかなぁ…。
いや、上の口じゃなんだし、正直な下のお口に(自主規制)

…ちょっと乾いた笑みがこぼれた。だって、何かそういう風に言われるのって嬉しいけど、
嬉しいけど…何か照れちゃうよ。
「…いやいやいや。泉君、お戯れを」
「本当だってば。佐野さん大好きなんだもん。取られちゃいそうでヤだよ」
拗ねたように頬を膨らませる彼は、既に少女と見まごう程の可憐さだ。
どうしよう。立派に嫉妬してもらっちゃってるよ。
「大丈夫だよ…その、泉君のこと凄く好きだよ、私」
何を必死に弁解してんだか。
でも何かこう、可愛い子が自分ごときのことでこういう顔するのって、
何か心苦しいじゃないか。他に何と言えばいいのやら。
けれどこの言葉は案外効いたようだ。
「本当っ?!俺のこと好き??」
ぱっと顔をあげて、首を傾げて顔を覗き込む。
あまりの可愛さに鼻血を盛大に吹きそうになりながらも、何とか頷く。
「そりゃもう、好きだよ?」
「嬉しいっ!!あのねぇ俺もね、俺も佐野さん大好きv」
ああさいですか…そりゃ良かった。心はサカリを通り越して老婆だ。
そりゃそうだ。こんな邪気の無い天使様の笑顔を見せられちゃ、もう何もいえないよ。





*********



「だからさぁ…何で口利いてくんないの?」

うんざりしたように溜息をつきながら、隣のむっつりした狐顔を見上げる。

泉君の愛を沢山受け取った後、私はもう一度泉君の友人達に頭を下げて、
本も読みたかったし、早々に家に帰ることにした。
すると、図書室に居たときまでは普通だった百の様子が一変していた。
…そして、現在。神様は何故か口をきいてくれません。

「私なんか嫌なことした?」

考えてみるが…思いつかない。全く。皆目見当つきません。
以前のように何かを聞いたというわけではないし…。
その時漸く百が口を開く。



「…竜胆、俺のことは好きか」



………。


「どうなのだ」


…………………。


……………………………は?


「…何言ってんの」


思わずげんなりと呟けば、きっと百が私を睨む。
いや、そんな睨まれても…

「どうなのだ。泉ごときが好きで、俺のことは好きではないのか」

…何か、何か信じられないことを聞いたような気がするが…多分空耳じゃないだろう。
実際目の前の神様は拗ねてるみたいだし。
…普通は、こういうのって、恋愛対象に使うべき言葉よね。
でもこの神様、全くそんなつもり無さそうだし…確かに一瞬期待したけど。
…何か馬鹿馬鹿しくなってくる。
ついでに、けんか腰の言い方につられて、こちらまでけんか腰になってしまう。

「そうは言ってないじゃない。百のことだって好きだよ」

言った後、ちょっと後悔…。

だって何かこれじゃ…告白してるみたいじゃない!!
それに百だって、何かそういう意味で嫉妬してるみたいに言うし…!!
って、それは私の自意識過剰なのかな。
何かちょっとドキドキしちゃうじゃない。

が、神様そんなことは露知らず。

「…その言葉、本当だな?」

探るようにして聞いてくるけど、此処まできたら頷くしかない。
どうにでもなってしまえ。

「勿論!百面白いし、一緒に居たら楽しいし」
開き直って言ってしまえば、彼は漸く満足したのか何なのか知らないが…
途端に何時もどおりに偉そうにふんぞり返る。
「そうか。そうだろうな。俺も竜胆はとても面白く感じているぞ?」
よきにはからえ。みたいな態度だ。
…やっぱ彼はこういう方がいい。と一瞬、ほんの一瞬思ったけど。
実際そう言われてみれば悔しい…。
「大体あんた…そんなに私の心が知りたきゃ、読心術使えばいいじゃない」
そうだ。彼は読心術が出来るのだ。
だのにそれをしないで、まるで人間みたいに知りたがり、疑る。
変な神様だ…。
なのに
「お前が読むなと言った。神は約束を決して忘れない」
ありのままを、そのありのままを映す綺麗で、刃のような鋭い瞳でそういうから、
何も言えなくなってしまう。
私が何の気なしに言ったことを、こんなに尊んでくれてるなんて…ちょっと嬉しいけど。
それが神様なのかなぁ。
「そっか…そうだよね。うん」
妙に納得しながら、えへへと笑ってごまかす。
本当はもっと嬉しいよ。百。伝わってないから余計に思うよ。
と、その時だった。

通りの向かいからチャリンコ集団がやってくるのが見えた。
しかも…何というかまぁ、俗に言う田舎ヤンキーというやつだ。
泉君の友人達にもちょっと似ている感じだが…着ている制服が、別の高校の物だった。
彼らも私に気付いたのか、一瞬彼らと目が合う。
(うっわー…やだなぁ、何か質悪そうだし…)
咄嗟に周囲を見渡すが、相も変わらず山道かと見まごう道には誰も居ない。
流石にたかられたりすることはないだろうが…。
なんて思っていたのに。

「おい、あいつってさ…」
「ああ。多分泉のシマのもんだ」

彼らの少し潜めた声は、ばっちり聞こえた。
泉のシマって何だ。泉…泉って何処かで聞いたような気がするけど、まさかね…。

関わりませんように!!と祈りながら、俯いて横を通り過ぎようとした。
その時

「おいねーちゃん、あんたにちょっと用があんだけど」

腕をがっしと掴まれて、阻止される。
血が下がってくのを感じながら漸く見上げれば…
いかにも何か企んでる顔をしている田舎ヤンキーがっっ!!!
眉毛のやたら薄いにーちゃんが!!にやにやしながら私を見下ろしてるし!!!

「あの…あ、私…」

うまく対応できないで居ると、その間にも取り囲まれてしまう。
まずい。まずいぞ。さっきは勢いがあったから良かったけど…
今はまるで何も出来ない。
助けを呼ぼうにも、声が出ない。喉がからからに渇いてしまっている。
思わず隣に居るはずの百を見上げるが、彼はただ無言でやつ等を見ているだけ。
あああ。神様、頼むから助けて下さい。

「ちょっと何余所見してんの。いいじゃん。どうせ暇なんだろ」
「そうそう。丁度俺たちも暇でさぁ、ちょっと付き合えよ」

馴れ馴れしく肩に手を置かれて、私は気が遠くなる。
嗚呼。一体何を…


私が早くも先行きを悲観したその瞬間、少しだけ風が強くなった。
さやさやと葉の揺れる音に混じって、ひゅっと風を切ったような音がする。
あまりにも微かなことだったので田舎ヤンキー達は気付いていないようだが、
私は確かにその音を拾った。

そして
何の前触れもなく、突然ふわっと私を中心にして風が舞い上がる。

「っ??!」

辺りに埃が舞い、私達の髪を一瞬だけ巻き上げて、堅く目を瞑る。
彼らも何が起きたのかよく解らないながらも、一瞬たじろいだように一歩下がる。
風圧によって、がしゃんという自転車の倒れる音が聞こえた。



そして



「おい下衆共。その娘から離れよ」



聞きなれた、低い綺麗な声。
そして風になびく綺麗な黒髪と、上質な着物。二つのお面。
百だ。


彼がすっと私の前に立ちふさがり、ヤンキーと対峙していた。
目を開いたヤンキー達も、突然の彼の登場に、一斉に動揺しているようだ。
…ということは、百の姿が見えているということで。
きっと姿を見えるようにしたのだろう。全員が怯えたように百を見ている。
私もどうしたらいいのか解らず、呆然と百を見上げる。
でも兎に角解るのは…彼が私を、守ろうとしてくれてる…ってことだろうか。
多分、そうなんだろう。心底ほっとして、嬉しかった。
ちょっと感動して涙まで出てきそうな勢いだ。
嗚呼。百が純粋に格好いい…。

「何だてめぇ!!どっから沸いてきやがった!!!」

リーダーっぽい男がまずそう言って百を下から上まで舐めるように睨みつける。
百は能のような例のお面を付けているため、表情が読めない。
けれど彼から発せられる…何というか、空気は非常に堅い。
怒ってくれているのだろうか。それすらもよく解らないが。

「くどい」

一言そう呟くと、百は一歩、奴等に向かって踏み出した。
するとやつらは、じりじりと下がってゆく。
きっとやつらも、この空気というかプレッシャーに、気圧されているのだろう。
私も実際に百がこんな風になる所は初めて見た。

「仕置きが要ると見える。覚悟せよ」

「なっ…ふざんけんな!!」

虚勢を張っているのが見え見えなうえに、言葉と裏腹に早速田舎ヤンキー集団は、
早速逃げの姿勢に入っている。
…私は何をしていいのか、相変わらずよく解らない。
とにかく驚いて、百の後姿を眺める。

そして百がいよいよ彼らに手を翳そうとした瞬間、今までの勢いも何処へやら。
やつ等は一斉に逃げ出した。
そして

「…逃がすものか」

くっと喉の奥で笑う気配がした。多分いつものように、意地悪く笑んでいるのだろう。
更に何をするのかと思いきや、徐に倒れていたチャリンコに跨った。
そこで漸く少し冷静になった私は、慌てて百に駆け寄る。
「あ、百…!」
それに気付いた百が、お面を少しずらして、私の目を見る。
…矢張りというか何と言うか、お面の下では凄惨なくらい綺麗なお顔が、
意地悪く歪んで笑っている。…ちょっと恐い。
「竜胆、お前は家に居ろ。俺がやつ等と遊んでやろうではないか」
嗚呼。遊ぶってアンタ。何する気だよ。
何だか死人が出そうな勢いである。何とか止めようとするものの、
百様は逝かせる気満々みたいだし…ああ、どうしよう。
「でも、あの、ひ、百、それ、チャリンコ…」
何が言いたいかもよく解らないまま、そう告げてみる。
だって…何か、あんまりにもチャリが似合ってないし。
止める理由にもならないけど、混乱している私は、とりあえず言ってみる。
が
「案ずるな、竜胆。俺のハイスピードララバイをとくと見よ」
意味解りません師匠。何がハイスピードララバイだよ。
が、そう言っている顔がなまじ整っているから、
変な台詞でも格好良く見えてしまうのは末期だろうか。
意味を図りかねる意味でと呆れと混乱とで何もいえないでいると、
それをどう取ったかは知らないが、颯爽とチャリを飛ばし始める。
そして…物凄い勢いである。
恐らく全速力で走っていたはずのヤンキー共に、あっさりと追いついている。
そして私はと言えば…呆然と成り行きを見守るだけ…。
ひゅううっと風が虚しく吹いた気がする。
風のように去って行った哀れな田舎ヤンキーと、意地悪な神様。

「百様…あんた…チャリ乗れたんだ…」

素朴な疑問と、混乱だけを残して…。






*********





一仕事終えたとばかりに、百は両手をぱんぱんとはたいた。
百のお仕置きで、田舎ヤンキー達はすっかり怯えた様子で逃げていった後だ。
ふぅと息を吐き、厄介なことをしてしまったと、百は内心舌打ちする。
お灸を据えたことが、ではない。
竜胆に。そう、あの少女に。肩入れするような真似をしてしまったことが、である。
神は万物に平等である。
勿論百とて、例に違わずそのつもりである。
けれど。どうしたことだろう。最近の彼は…。
らしくもなく溜息を吐いて、ふと気配を感じた。
先からずっとこちらに向かっていた気が、今は一層間近に感じられる。
振り返ると、矢張りというか何と言うか…あの少女が肩入れするモノ。

「イズミカヲル…俺に何か用か」

彼の情報など、そのモノの情報など、その全てなど、実に他愛ない。
彼も、彼女も。
思わず口角が上がる。

それを負の感情で受け取った泉は、ぎっと百を睨みつける。
その瞳は明らかな悪意で満ちている。
まるで竜胆と居るときとは別人のようなその表情に、百はさして驚くこともなかった。
そう。
彼にとって情報なんて、他愛ない。実に他愛ない。
心理という、その情報さえも。


「キミは…あのときの」


そういえば、初めて竜胆と空中飛行したとき以来になるか。
こうして実体を以って話すというのは。
そんなことを思い出して、またくっと笑う。
あまりにも無垢な悪意だ。そしてあまりにも未熟なモノだ。
人間以上には生きているのだろうが。

「そういえば、そうだったな。イズミカヲルよ」

イズミカヲル。どうしようもなく人間を欲しがるモノ。
可笑しい。実に可笑しい。

「…佐野さんは無事なのかい?」

戸惑いと悪意を混ぜあわせた表情の彼に、百は軽く頷いて見せた。
彼は竜胆に向けられた悪意を察知して駆けつけてきたのだろう…偶然を装って。
百ほどではないが、気配を探る術は心得ているようだ。
しかし、先程の体育館の裏では百の気配にすら気付くことが出来なかった。
それが彼の限界であり、その力だ。

「お前が竜胆を欲しがっているのは知っている。
お前が『裏』でどれだけ何を操っているのかもな。骨が折れることをするものだ…」

しかし面白いとは思わないさ。寧ろお前は滑稽だ。

はっとしたような顔をした後…直ぐにもっときつい目つきで百を睨む。
この泉というモノは、実に賢い。何処かできっと百のことも認識していたのだろう。
危険だと。竜胆を奪われてしまうと。
何せあの竜胆、百のことを泉に幾度と無く話しているのだから。
それにこの男、見た目は普通の人間だが…。

「しかし不思議だなぁイズミカヲルよ。お前は其処まで竜胆が欲しいか?
実に人間的だ」

「…お前には関係ない。それに、お前こそどうして…」

その続きは、泉が唇をかみ締めたことで口の中へと消えた。
秀麗な顔はゆがみ、ただじっと、耐えるように百を睨みつける。

「さぁ。お前は何故だと思う、イズミカヲル?神がお前ごときに読めるか?」

挑発するように尊大に顎を上げれば、益々泉の感情が昂ぶるのがわかる。
けれどそれも、竜胆の怒ったときのように面白くは無い。
寧ろ退屈だ。相手が遥かに低俗とはいえ、同じようなモノでは…

「…佐野さんは渡さない。お前がどれだけ佐野さんを弄んでいようと、
彼女は俺のモノになるんだよ。お前みたいないい加減なモノに、渡せるわけはない」

すっと目が細められて、その瞳孔が細くなる。
…本性が見えかけていることにも気付かないのか、益々悪意は増す。

「いいさ。存分に楽しめ。お前はそれが出来る。俺はお前が何処までやるのか、
非常に興味がある」

それ以上に竜胆にも興味を持っているがな。

呟けば、泉は威嚇するように僅かに鋭い犬歯を覗かせる。
普通の人間では決して持ち得ない、その鋭さと長さの…





*********






家に無事たどり着いてからも、私は暫くぼうっとしていた。
そして…
「百…何してんだろ」
百のことだ。またとんでもないことをしてるとか…。
いや、寧ろあいつらを召使にして世界制服目論んでるとか…。
いや流石にそれはないか…でも何かちょっと、気になってしまう。

が、気になってはいてもどうすることも出来ないので、
いつもどおりにベッドでごろごろ。
と、その時。最近ではすっかり聞きなれた大岡越前のテーマソングが流れる。
泉君の着メロだ。
何の気なしに携帯を覗き込むと、メールを受信しました。とのこと。
何か用があるんだろうかと確認すれば…

「…ん?」

画面には、相変わらず可愛らしい顔文字一杯のメール。
しかし問題は、その内容だ。

「…どーして襲われかけたの知ってんだろ…??」

そう。彼のメールとは、竜胆の安否を確認するものだった。
心配してくれているのはわかるが…どうしてそれを知ったのかということには、
触れられていないのだ。

「百に会ったとか…?」

ならば辻褄が合うのだが…泉君に百のことを話すと、
いつも彼はほんの少しだけ、やっと気付く程度だが…表情を曇らせる。
今までも気になっては居たのだが、特別何を言い出すわけでもない。
ただちょっと考え込むような仕草をする、とか。それだけだ。
けれど一つ解るのは、彼と泉君が最初に会ったあのとき。
あの時から泉君は何となく百を嫌がっているようにも見えた…けど、これも考えすぎだろうか。
元々そんなによろしくない頭なので、既にこれ以上は何も考えられない。
とにかく、真偽を確かめようと携帯を持ち直すと。

こんこん

窓枠に何かがぶつかる音。ノックのように軽い。
しかし此処は二階である、とすれば…。
はっとして携帯を机に放り出して窓に駆け寄り、珍しく閉めていた窓を開け放つ。
すっかり外は夜の空気にひんやりと落ち着き、含有するモノの多い空気を肺に送り込む。
そして窓から下を…ではなく、上を見上げれば

「百!」

そう。話題独占中の神様、百が屋根から下を覗き込んでいる。
窓を開けろという合図に、ご丁寧にノックして下さったのだろう。
「今戻った」
まるでただいま、とでも言うように軽く手を上げてそんなことを言う。
相変わらず、食えない表情のままであるが。
私が慌てて室内に導くように退けると、彼がすっと重さを感じさせない素振りで
窓枠を乗り越えて室内へ入ってくる。
「百、心配してたのよ?一体あいつ等に何しでかしたのよ、あんたは」
しかし百はそれには答えず、どっかりとベッドに座り込む。
あんたレディのベッドに堂々と寝るんじゃないっと言いかけた所で、ちょっと驚く。
何と、とは言っても…普通の友人だったら別に驚かないことなのだけれど。
百がそのまま上体を倒して、ばったりとベッドに身体を委ねている。
しかも。そのまま両腕で顔を覆うようにして、何か考え込んでいるようにも見える。

ちょっとだけ意外な気がする。
だって…今までの彼は何だかんだ言いつつ、いつも自然と気を張っているというか。
自然体のままきりっとしてるというか。
うん。アレだ。要するに。いつもだらだらしてないのだ。
だからこんな砕けた態度を取るのは、彼にしては珍しい…というか、
今まで見たことが無い。
何だか今日は色んな初めてを見る日だわ。と。若干緊張気味に私もベッドの脇に腰掛ける。
百が何も言わないから、私も自然と何も言えない。
というか…何だか、今の百はちょっと疲れているようにも見えて…。
「…どうかしたの、百」
何だか聞きたいことは一杯あったけど、そんなのは全部どうでもよくなって、
とりあえず聞いてみる。神様が私に何を言ってくれるというわけじゃないだろうし、
そんなのは解ってるけど。
疲れてるんなら…本当にちょっとだけなら私のベッドを占領してもいいよ。
「……竜胆」
腕の間から覗く紅い唇が、独り言でも呟くように私の名を呼ぶ。
それに何だか急にドキドキするが、ふいっと目を逸らして平静を装う。
「…なぁに?」
答えれば、ごそごそと少しだけ百が身じろぐ。
「うむ…」
矢張り、何となく覇気が無い。
ごにょごにょと呟いて小さく頷くだけで、それ以上言葉が続かない。
これはいよいよ、私が見てない所で何かあったのかなぁと思いを巡らせるが。
…まさかこの神様が田舎ヤンキーに負けるわきゃないし。
大体この神様の感情のツボは、いまいちわからない。
どうしたもんかと少し考え込む私に対し、今まで黙っていた百が徐に口を開く。
「…些か、神の我侭を聞け。良いな」
ぼそぼそと呟いているくせに、言葉は何故か非常に高圧的だ。
しかし、今の百は何だかいつもとちょっと違って、そんなことも許せてしまう。
何か自分に出来ることがあったら、なんて気分にさせられる。
…何か、元気ないみたい。いや。実際のところは解らんし、私の尺度なんだけど。
「…仕方ないわね。モノによるけど、何して欲しいの」
とりあえず言ってみ。と促して、いつもは見上げる凛々しい顔を見下ろせば、
いつの間にか腕を解いて、私を見ていた百とばっちり目が合う。
声はどこかぼんやりしている癖に、瞳はいつも通りに凛冽として澄んだ強い藍色の黒だ。
情けないけど、その美しさにちょっと怖気づく。だって百は綺麗過ぎる。
…勿論、そんなこと口に出して言ってやんないけど。
「…な。なによ…」
ちょっと引き気味の私に、百は体ごとずり、と移動してくる。
そして

「うむ。少し、貸せ」

何を。と言おうとしたときには、百が更にずり、と寄ってきて、
その頭を私の膝の上に乗せたところだった。


勿論、私は硬直した。


だってだって、百の綺麗なさらさらおかっぱストレートヘアーがっ!!!
意味不明な二つのお面とか付いてるけど、長い睫毛の目を閉じた綺麗な顔がっ!!!!
わわ、わ私のひひひひひ膝の上にぃぃっ!!!!!!
どどおどおおしちゃったの百!!!!

声にならない叫びを内心あげつつ、身体は見事に硬直。
心臓はばっくんばっくん五月蝿いし、でも目が離せなくなるし。
何だか目を閉じた百は(初めて見たけど)凄く無防備で綺麗だし。
どうしたらいいのやら。いや何もしなくていいのか。
私は一切の言葉を失い、息まで殺す。
対し百は、見た目は落ち着き払って、というよりも…当然の如く膝を占有しているだけ。
何も言わない唇は、ぎゅっと引き結ばれたまま。

でも…と、少し自分を落ち着けながら観察してみる。
いつもは少し触れられない、というか…別に触れたいなんて思ってないけど!!
…とにかく、いつもは微妙な距離に居る百が、今こんなにも私と分かち合う面積。
ちょっと幸せなんて、思ってなんか全然無いけど!!
頼ってくれてるみたいで嬉しいなんて、弱みを見せて貰ってるみたい、なんて
…全然、思わない、けど……。
ぐるぐるしながら、やっぱり百を見てしまう。

…でもやっぱり、いつもは何だかんだ言って少し遠い百を、近くに感じる。
触れちゃいけないわけじゃないし、今まで触れられたこともある。
…空飛んだりとか、海難救助のときとか。
…こう思い返すとロクなことがないような気もするが…。

眠っているわけではないのだろうが、じっと大人しくしている百。
もう今は、何も言うつもりがないみたいに口を閉ざして。
だけどこうして目を閉じて、決していいとは言えないだろう寝心地の、
私の膝の上で休んでくれてる百。

若干緊張が抜けきらない私などには目もくれず、目を閉じたままの百は薄く微笑んだ。

「…いい夜だ」

カーテンが揺れて、夜の風を室内に静かに送り込む。
音がなくなったみたいに静かな夜。
むせ返るみたいに密度の濃い空気。
未だにちょっと五月蝿い心臓。

「…そうだね」

どもりそうになったけど、自然と口から滑り出る。
だって本当に静かでいい夜。
こんな夜を百と一緒に、こうやって静かに過ごすなんて、
ちょっとらしくないかもしれないけど…非常に穏やかで、幸せになれる。

…ちょっと落ち着いてきた頃に、私はまた百を見下ろす。
人形めいた、いやそれ異常に美しい造形の、我侭で強引な、そして時々解らない神様。
…触れてみたくなってきたじゃんか。
確かに今までも何度か思ってきたことだけど。いつもちょっと触れられなかった。
でも今日なら触れても許されそうな気がして。
心臓はドキドキ五月蝿いけれど、それを無視して、
緊張で少し震える指でそっと百の髪に触れてみる。

「……」

彼は何も言わない。動こうともしない。
ので、調子に乗ってもう少し触れてみる。
しっとりとしていて、さらさらの指通り。
乱れなんて知らないみたいに、真っ直ぐで綺麗な髪。
微かにほっと息を吐いて、今度は撫でるように触れる。
百が僅かに気持ち良さそうに息を吐いたから、ちょっと調子に乗ってもっと撫でてみる。
…何も言わない。
そしてそのまま、百の頭に手を置いて少し微笑む。

どうして百が突然こんなことをしようとしたのとか、
少し疲れてるのかなとか、
一体何があったんだろうとか、
気になることは一杯あるはずなのに、今この状態に緊張し過ぎて何も言えない。
この空気が壊してしまいそうな緊張と、百が近くに居すぎる緊張。

けど。理由はどうであれ…この状態に、幸せを感じている私も居て。
繊細な空気の中、腫れ物にでも触れるみたいに分かち合う空気が、
何だかとても嬉しくて、愛しくて。
元気の無い百が、ちょっとでも私とこうしていることで元気になってくれたらなんて、
そんな自己中心的な願いを。私は妄想する。







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