それぞれの距離
重い…。
突然で申し訳ないが、何だか非常に重たい。
膝の上に重石を乗っけられたような鈍い痛みに、私は軽く身じろいだ。
私は今、浅い眠りの中をゴキゲンに遊泳中である。
ふよふよと半端に覚醒してる意識を感じながら、その重さに息を吐く。
よりによって膝の上に石って。大昔の拷問みたいだ…。
ああ。足が鬱血する…。
それにしても、どうして膝の上なんだか。
誰かに膝枕してるわけじゃあるまいし…。
……ん?
……膝枕?
……膝枕……っ?!
がばぁっと音が出る程に起き上がり、慌てて下を見下ろす。
そこには、勿論というか何と言うか…
にたにたといやらしい笑みを浮かべた、嫌味なくらい綺麗な神様。
私の膝の上で頬杖なんかつぃちゃって、ばっちり目が合う。
きっとこの感じだと、私の一連の行動も見ていたのだろう。
…どうやら私は膝枕を提供したまんま、暢気にぐーすか寝てたようだ。
眠気に襲われて上体がばったり倒れた記憶は、何となくあったり
…なかったことにしたかったり。
「…起きたか」
おかげさまで。
「…まぁね」
内心ばくばくいっているのだが、此処でそれを悟られては百がつけあがる。
だから平静なフリを装ってはみるものの…多分バレバレだ。
だって、寝起きだから頭は爆発してるし、目がぎんぎんに見開いているのが自分でも
解るし…何より不自然に息が荒い。まるで変態。
嗚呼。私一応乙女なのにな…。
しかも百様、トドメとばかりの一言
「よく眠っていたな…涎の跡がついてるぜ」
*******
結局、鳥しか起きていないような時間だというのに、私の目は完全に覚めてしまった。
百も百で一向に帰る気配を見せず、膝枕に飽きたのか、
今度は徐に人の(しかも乙女の!)ベッドでごろごろし始める始末。
あまりのぐーたらさ加減に、神様ってそれでいいの?という疑問が浮かぶくらいだ。
私はと言えば…何となく、百の重さにあんなに魘されたというのに、
ちょっと寂しいな。なんて。思っていたり。する。
だって何か、彼が甘えてくれてたみたいで、嬉しかったから。
急に手持ち無沙汰になったみたいで、百の横で足をぶらぶらさせているだけ。
なんだけど。
「ねぇ百…結局昨日、あの後何かあったの?」
「…ん?」
何かあったなら、言ってくれたっていいのに。
百は含み笑いを少し零しただけで、すいっと首を逸らす。
何故話してくれないんだろ。
そりゃ百は多分本物の神様だから、人間なんかとは違う領域のモノだけど…。
何だかなぁ。と百の綺麗な横顔を眺めながら、少し拗ねてみる。
だって、あの態度は明らかに何かあったんだろうし。
「…話したくないんならいいけどさ。いいよ。いいけどさ…いいよ別に」
何だか酷く子どもじみている気がする…けど。
もったいぶってるみたいな百も百だわよ。なんて。やっぱり子どもっぽい。
けれども百は、珍しく苦笑いに近い表情をしながら、
今度はちゃんと振り返って私と視線を合わせる。
「拗ねるな、竜胆。お前にも自ずと解る」
まるで子どもをあやすみたいに言われて…私はちょっと恥ずかしくなって俯く。
相変わらず拗ねてはいるけど、何だか…彼が子どもをあやすみたいに言うから。
「だって…そんなこと言ったって、心配だったんだもん…」
ふぅと息を吐いて、かくりと項垂れる。
「ほぉ。神を心配するか?面白いヤツ…」
くくっと喉で笑って、百はまたごろりと横になる。
面白いヤツって、こっちは全然面白くも何とも御座いませんが。
…でもまぁ、いいか。
何か百、ちょっと元気になったみたいだし。
これってもしかして私効果?なんて、一人むふふ。と笑う私を見て、
徐に百が起き上がった。
「そういえば…昨日お前が借りた本は、なかなか面白そうだったな」
言いながら、今度は彼がふふふふ。と意味深に笑う。
彼のこういう笑い方は、私を何らかの方法でからかおうとしている証拠…に見えたり。
見えないことにしたかったり…。
が、私が借りたのは、普通の推理小説だったはず。
そんなものに興味あったのかな…と思いつつ、ベッドの下に転がっていた鞄を手探り寄せ、
中を探ると…
「あ、あれ…?何かもう一冊入ってる…」
一冊しか借りた憶えはないんだけど…あの騒ぎ(?)の中、
偶々もう一冊本が入っちゃったのかな…??
嫌な予感に何となく勘付きながらも本を取り出すと…
私は見事に固まると同時に、
図書室から去る時に顔面蒼白天海先輩が仰っていたことと、百の奇妙な発言の理由を悟る。
一瞬で全ての辻褄が合った。
「……『お兄ちゃんと呼ばないでv』……?」
途端、私の横で何かが動き回りながらひぃひぃ言っている気配がする。
どうやら百が笑っているらしく、息継ぎの合間に「誰も呼んでおらぬなぁ」なんて言っているし。
…そりゃそうである。大体これはその小説のタイトルなんだから。
しかもその表紙は…明らかに小学生くらいの男の子が、立派な成人男性に抱きついている、
超プリチーvなイラストだったのだから…。
あの顔面蒼白委員長、ばっちり勘違いしやがって…!!!
「…だからあんなこと言ってたのね…あんたも、あいつも…!!!」
「…うん?何だ、お前の趣味ではないのか?」
むくりと起き上がった百が、挑発するように上目遣いで見てくる。
それに益々むきになりながら、私はきっと見返す。
「違うッ!!!大体、何でこんな小説があんのよあそこ!!!」
むきゃーっ!!!と頭をかきむしる私を尻目に、百が首を振る。
「何だ。面白くないヤツだ」
ほんと、つまんないやつー。とでも言うように、彼が肩を竦めて見せる。
「っ面白くなくて結構だわよ…!」
がっくりと肩を落とし、何とも言えない恥ずかしさに溜息まで出てくる。
しかも、絶対あいつは解ってて貸し出し許可したんだろうなぁ…。
いや、あの野郎のことだ。敢えて私をはめたとか…?!
悶々と考え込む私とは裏腹に、
百は打って変わって楽しそうに、私の百面相を眺めている。
「お前は本当に面白いヤツだなぁ。まさかそんな趣味まで持ち合わせていたとは…。
どれ。面白そうではないか。ひとつ俺にも見せてみろ」
身を乗り出してきた百が、私の手から本を掻っ攫って行く。
こいつもこいつで、偶然なのを知ったうえでこんなことしてるし!!!
「あ〜〜〜〜も〜〜〜〜!!ちょっと百、あんたナニ一人で楽しそうなのよ!!!」
恥ずかしさと苛立ちが頂点に達して、私は夜中だということも忘れ、
ベッドの上に仁王立ちになり、百をびしっと指差す。
が。神様は相変わらずナニを勘違いしてるのか。
「何だ。いいではないか。その調子だと読まないのだろう?」
「馬鹿っ!!読むに決まってるでしょ!!!」
此処は譲れない。だって面白そうだもの。
「読むのか。やはりそういう趣味が…」
「無いけど、読むの!!いいから返してよ、私が借りたんだから、私が先!!」
だから返してっ!と手を伸ばす…が、百が素直に渡すわけはなく…
私の手を避けるように本を背後に隠す。
「〜〜〜〜っ返しなさいよ!!あんたこそ、興味ないんでしょ?!」
「誰が無いと言った?俺は面白そうなものならば何でも好きだ」
なんて涼しい顔で言いながら、にやにやと意地悪く人を見ている。
「も〜〜〜〜!!!なんでもいいけど、私が先に読むの!!!」
あんな恥ずかしい思いまでしたんだから、そのくらい当然だ。
大体その恥ずかしさに一役かったのもコイツだというのに…!!
が、ヒートアップする私の態度とは逆に、そうかと呟いた百は案外あっさり本を差し出す。
思わず私が戸惑うくらいだ。
「…???」
「致し方あるまい、俺は寛容だからな」
早く受け取らんかい、とでも言うようにぼうっとする私の前で手をひらひらさせて、
「どうした、俺が先でいいのか?」
「…だめ」
相変わらず表情は意地悪そうなままだが…とりあえず受け取り、
めくるめく世界への扉を開けようと、1ページ目をめくる。
あー。何かありがちな展開だね。
お金が無い健気な少年が、お金持ちの家に行くっていう、例のパターンだ。
ふーん…………って。
…何か。何か隣に居るような気がする。
そりゃ百は相変わらず居るんだけど…そうじゃなくて…。
その…距離がちょっと近いような…何か覗き込んでるような…。
「ほぉ…ありがちな…。どうした、早く次の項へ行かぬか」
…嗚呼、一緒に読んでたのね。すんません師匠、今めくります……じゃなくて!!!
隣を振り返り、極至近距離で本を覗き込む神様を見る。
ヤツは本当に本に集中しているようで、じっと文面を辿っている。
しかも。心なしか私に体重を傾けているし。
こんなべったりされていちゃ本も読めない…し、何より最近ちょっと私は変なのか、
百とこうも距離が近いと、やたらとドキドキしてしまう。
それこそ本どころじゃない。
「あの…百様」
「何だ」
「非常に言いづらいんですが…どうして一緒に読んでらっしゃるのでしょうか…」
「何だ。いけないか」
いけなくはない。いけなくはない…けど!
「…読みづらいし、重い」
一番重要な動悸・息切れ(?)の件は、そっとしておこう。
…言ったらからかわれそうだし。
「いいではないか」
よくないから言ったんだけどね。
はぁ。と溜息を吐いて、ちょっと寄りかかられている方の肩で百の身体を押す。
が、びくともしない。
もっと強く押してみる。
が。やっぱり動いてくれない。
もぞもぞと一人で抵抗する私が面白いのか、百がくっと喉で笑う。
しかし無言のまま、一向に動こうともしない。
それにカチンときて、いよいよ力を入れて身体を押してみるが…やっぱり動かない。
既に二人とも読んでもいない小説を持ったまま、無言の攻防戦。
それは結局子一時間続くことになった…。
*********
結局。二人でそんな攻防戦を繰り広げた後、私が疲れてぐったりしてきた頃を
見計らって百が小説を奪い(その頃には小説で争っていたことなんて
半ば忘れかけていたが)、私も負けじと百に寄りかかって一緒に読む…という形に落ち着いた。
もう此処まできたらドキドキも何もあったもんじゃない。
二人して小説の展開にあーだこーだと言いながら読み進め…気が付けば朝だった。
「結局読み終わっちゃったじゃない…はぁ」
流石にあまり寝ていないからか、頭がぼうっとする。
が、百様は基本的にいつもと変わらず、涼しい顔をしている。
「うむ。なかなかだったな…が、濡れ場が少なすぎるとは思わぬか」
「あ。それ言えてるー。もっと色々あった方が面白かったよね」
一体朝から何の話をしているのやら。とは思うものの…。
何だかあまり寝てない所為なのか、やたらとハイになってしまっている。
ああ。神様と夜明かしとか。結構面白かった…。
が、此処であることを思い出す。
重要と言えば重要なことだが…
「…でも、あいつの誤解は解いておきたい…」
ベッドでゴロゴロしたまま、目をこすりながら呟けば、
百が私の机に偉そうに座りながらああ、と呟く。
「あの男のことか?あの図書室とやらに居た…」
「そ。天海先輩ね。あいつ絶対誤解したまんまだし…」
ああ。彼から見た私は椅子に乗っかって本を取ろうとした不届き者で、
尚且つ勝手にその椅子から落ちた挙句勝手にパンツ見せて怒鳴って、
しかも801趣味のある凶暴な夜の帝王な後輩…だと思われてるだろうなぁ。
ううう。何だかこうして考えてると、ヤツに会いたくないような気もする…。
急に唸りながらごろごろし始めた私を見て、
いよいよ私がランナーズハイにでもなったのかと思ったのだろうか、いかにも訝しげな視線を送ってくる。
…ん?
でも、ちょっと待てよ。
「確かあんまり図書室にいないって言ってたよね…じゃ大丈夫だ!」
よしっ。じゃあ今日にでも返してしまおう。もう読んだしね。
あの委員長に
「スゲー面白かったっす。自分の後学のためになたっす」
とか言わなくて済む!!(最初から言う必要は無い)
よーしっ!と一人意気込む私を見ていた百が、いよいよ胡散臭そうにこっちを見てるけど…
この際無視してやろうではないか!今の私は非常に寛容だ!
「じゃ、百、私は寝るから!今日も学校に行く用事が出来たからねっ♪」
「ああ、では俺も戻るか…今日は実に楽しかった。
またああいったものを借りたら、俺に知らせろ」
ではな。と言い残して彼が窓枠に手を掛け、勢いをつけて窓から飛び立って行った。
誰が知らせるかバカヤロー。という私の声はついに届かないまま…。
その後。結局2・3時間眠っただけで起きて、目の下に大きな隈を作った私の顔を見て、
朝食の席についた両親は大層驚いていた。
私だって驚いた…。
それはともかく、今日はまた午前中のうちに図書室へ行こうと目論んでいた。
だってホラ。流石のあの図書委員長様。来るにしたって精々午後出勤だろうし。
…若干自分の偏見のような気もするが、とにかく気がせいているとか、そういうのではない。
…断じて、無い。
のそのそ準備して、相変わらずファンデでも隠しきれない隈をこさえて、私は早々に出かけることにした。
今日は珍しく家に母が居るらしく、お昼までに帰るということにした。
多分返すだけだからそんなに時間は掛からないだろう。
*******
図書室の前で、私はきょろきょろと左右を見渡し…一応上下も確認。
誰もいないことを確認した後、そっとドアについた小さなガラス窓から、中を覗き込む。
…よし。安全第一。ばっちこーい。誰も居ない。
心中密かにガッツポーズをキめて、私はそろそろとドアを開けた。
中は静まり返っていた。確認したとおり、誰もいないようだ。
ドアを後ろ手に閉めて、一つ大きく息をつく。
此処までは完璧だ。後は本を返してしまうだけ…と。いうことで。
いそいそとBL小説コーナー(?)がある棚を目指す。
ホント、何でこんな小説置いてあったんだか…実はこの学校変なのか?
内心毒づきながら、目的の場所へたどり着く。
「そうそう…確かこの辺…」
こけた記憶もあることだし、これはばっちり覚えている。
と、本を元に戻そうとした所で…また手が届かない。
空を切っている手が虚しい。
「仕方ないわね…」
また、やるしかない。
が、今度の俺は違うぜ。前回みたいなヘマはやらねぇ。
ふふん、と一人不敵に笑いながら、以前と同じ椅子を棚の前に持って来る。
そして。昇る。
「見てなさい、今回は絶対落ちたりしないわよ…」
とは言うものの、作業自体は何も変わらない。
ずらりと並ぶ本の背表紙の番号を見て、この本を入れる場所を探し…
ある事実に気付いたときの、あの驚きを何と言えばいいのだろう。
小説なんかでよく使われる、雷に打たれた程の衝撃というのだろうか。
実はこの小説…続きモノだったのだ!!!!!!
何てこった…。
…続きを読むしかないじゃねぇか…!!
なぁ、運命の女神様よぉ…こんな…こんなのって…アリかよ…!!!
色々と衝撃を受けた私は、思わずがくりと首を垂れる。
そうして油断した瞬間だった。
がらっ
何か…何か聞き覚えのあるような…。
振り返れば、矢張りというか何と言うか…あの顔面蒼白破廉恥天海之守が。
「あっっ、て、てんかぃ、せんぱい…っ!!!」
焦ってしどろもどろになりながら、今度は足を踏み外す。
そして後は…言うまでもない。
震度3はあったと思う。
何がって…私が落ちた時の、その衝撃が。である。
多分学校から半径一キロ以内はは揺れた。確実に。
桃尻は最早修復不能である。そして私の夜の帝王としてのプライドも…。
ぶつぶつ言う声を聞きながら、何も言えずに本を拾い集める。
というのも、田舎直下型大震災の所為で、酷く本が散乱してしまったのだ。
それで今、例の顔面蒼白委員長様と本を拾っているのだが
「全く…貴方にはもう二度とお会いしたくなかったのに。
どうしてこうも縁があるのでしょうね…」
「…すいません」
未だ引かない痛みに目尻に涙が溜まっている。
それは更に委員長のお言葉で益々溜まってきそうだ。
「…大体貴方、女性なんでしょう。もっと慎み深くてもいいんじゃないですか。
全く、理解しかねますね…」
ぶつぶつ言いながらもさっさと本を集め、元あった場所に戻してゆく。
ああ。非常に今更な感じもしないでもないが…計画が台無しだ。
それに一つ息を吐いていると、目ざとく見ていた委員長の恨めしそうな視線が絡みつく。
「…溜息を吐きたいのは私のほうです」
すんません。はい。
もうここまできたら謝るしかない。
嗚呼。何でよりによってこんな毒舌人間嫌い委員長に迷惑かけちゃったんだろ、私…。
これじゃ明らかに嫌われたし…面白そうな人なのになぁ。残念。
また出そうになる溜息を飲み込み、黙々と本を拾い集める。
そして腕に一杯抱えた本を棚に戻そうと立ち上がった瞬間、
廊下で誰かがぱたぱたと駆けてくる音が聞こえた。
そして次には、最早トラウマの所為で聞きなれたドアの開く音。
更に
「さ〜〜〜〜の〜〜〜さ〜〜〜んvあっそびましょ〜〜〜〜♪」
この声はッ!!!!!
ぐりんっと梟の如く振り返ると、其処には今日も乙女のように可憐な男子高校生。
ご存知泉薫様が。
そういえば…今朝メールがきてて、今日学校に行くと言っていたから、
私も図書室に行くーと。返したような記憶がある。
彼がわざわざ来てくれたというわけだ。
思わず状況も忘れ、歓喜の涙を流してしまいそうになった。
腕に抱えていた本を机に押し付け、思わず
「泉君!!!!」
出来ることなら今直ぐその細い身体に縋るついでに押し倒した…縋って泣きたい所だが、
隣にいらっさる閻魔大王のような委員長の眼鏡がきらりと光り、走り出す寸での所で止める。
が、何も知らない泉君は不思議そうに室内を見回し、こちらに向かってくる。
「あれ?どうしたの佐野さん」
嗚呼。無垢な表情がそそる…じゃなくて、無垢な表情に癒される心地だ。
それがこの委員長が酷いんだぜぇ、なんて言おうと私が口を開くより早く、
委員長が棚に本を戻しながら言う。
「…今彼女は忙しいので、他を当たりなさい」
んまぁ!何て冷たいこと!!この天下の泉サマにぬあんてこと!
純粋培養泉君保護委員会会長の私としては、ちょっとむっとする。
こりゃ何か言わねば!という使命感に燃えて振り返ると、ヤツは何の表情も変えず、
淡々と仕事をこなしている。
何てヤツ!と何か言い出そうとした私を、のんびりした泉君の声が遮る。
「天海先輩冷たいなぁ。そんなだから、人が寄り付かないんですよー」
対し、泉君は割と飄々としている。
そういえば、泉君がこうして学校の人とまともに喋るのを見るのは、初めてかも。
…しかもこの二人、何気に知り合いっぽい。意外な…。
「…貴方もいちいち小うるさい方ですねぇ。
私は人が嫌いなんです…用が無いなら早く出て行って下さいませんか」
天海先輩の額に、ぴきっと青筋が立ったのを私は見逃していなかった。
「嫌だよー。だって佐野さんが頑張ってるのに、どうして俺が黙ってられるの?
それに、佐野さんを独り占めなんてさせるわけないよ♪」
んふvと茶目っ気たっぷりに笑いかけられて、私は一瞬眩暈がした。
そうか。図書室で人に見られながらっていうのも乙だったり(自主規制)
方や委員長様はもう言葉も無いのか、軽く溜息を吐いた後、また黙々と作業を続けている。
…泉君、強い。
しかも言い負かしたという改心の笑みで
「てなわけで、俺も手伝っちゃうよv」
嬉々として本を拾い出す。
…何だか思いも寄らない方向に進みだした。が、とにかく
「有難うね泉君。元はと言えば全部私が悪いんだ…」
しゅんとして俯いた私に、泉君がつかつかと歩み寄り…
むぎゅ〜〜〜〜〜〜っ
「大丈夫っv俺佐野さんの役に立てて凄く嬉しいから、気にしなくていいんだよっ」
嗚呼。天使様の歌声がやたら間近に聞こえるなぁ…。
なんて、ちょっとトリップしかけたが、現実の状況を把握した瞬間に、
ヘブンズゲートというものを見た気がする。
だって…だって…これってハグってヤツでしょ…。
「いいいいいいいいい、泉君ッ!!」
大混乱である。下心など感じさせない、子どもの戯れの延長みたいだけど。
確かに私は今、泉君の鼓動を感じてる!!!嗚呼、何てこと!!!!
鼻血出そう!!!図書室血の海にしそう!!!!
…私はその瞬間、天に召される心地がしました。ええ本当に。
神様って本当に居るんだなぁ。ああそういや、そんな知り合いも居たような気もするけど、
あれはこの際割愛させて頂きます。
それはともかく、何とかべりっと泉君を剥がす。
だって…ねぇ、心臓に悪いし。
が、泉君はぷくーっと頬を膨らませて、ゴキゲンを損ねたような表情。
「もうちょっといいじゃーん。佐野さんねぇ、凄く柔らかくて、俺大好きv」
だからもうちょっとー。とおねだりしてくる…が。その時点で既に事切れそうなのに、
どうして許可できようか。
「ダメっ!!泉君、可愛いからダメ!!!!」
ぶんぶんと首を振っている私は、さながら赤べこの高速バージョンである。
しかも顔が真っ赤だから余計にそうなのだろうが…
どちらかというとヘドバンに近いかもしれない。
そんな私の様子を見て、ちぇっと泉君が拗ねている。
けれど、しょうがない。しょうがないよ!
だって理性が崩壊しそうだし!いや寧ろ粉砕しそうだから!
そんな私の様子に気付かない泉君は、でも一緒に居られるだけで幸せ〜vと
鼻歌交じりに本を棚に戻し始めた。
それを見て、漸く私も一息つく。
どうやらまだ、生きていられそうだ。
なんて安心したその瞬間、今まで黙っていた委員長が、くるりと私を振り返った。
そして。
「…邪魔するなら、もう結構です」
…すみません。邪魔なんて、滅相も御座いませんです、へい。
********
結局その後、泉君の有難いお手伝いもあってか、直ぐに全てを元に戻すことが出来た。
そしてむっつりしている天海先輩にひたすら謝り…私は泉君と図書室を後にした。
行く当ても無く、とりあえず歩いている廊下のど真ん中、私は大きく息を吐く。
「も〜〜〜、アレ絶対怒ってたよね〜〜〜〜嫌われた……」
うー。と唸りながら頭を抱えた私に、隣を歩く泉君はけらけらと暢気に笑っている。
「だからさ、あの人は元々人間嫌いなんだよ。気にしない気にしない」
ああ。そうか。でもそれ慰めになってないよ泉君…。
でも。どうしてそんなに人間嫌いなんだろ。
私も特別好きとか嫌いとか考えたことが無いけど…顔は結構格好いいし、
声もいいし、まぁあの蒼白なのはいいとして…毒舌で、真面目そうで、明らかに不健康そうで。
つまり、面白そうなのになぁ。
まぁいいや。今度また謝るついでに、構ってもらお。
…なんて暢気に考える私も、結構しつこい性質なのかもしれない。
「そいえば佐野さん、これからどうするの?」
「あ、そういやそうだね…まだ時間あるし…泉君は?」
今は丁度10時を廻ったところで、お昼までに家に帰ればいいから
…泉君と遊びたいな。勿論、彼の予定が空いてたら、の話だけど。
「俺は特に無いんだ。用事って言っても、先生にちょっと話したいことあっただけだし。
佐野さんの時間あったら、一緒に遊ぼうよー」
いい?と上目遣いに聞いてくる泉君に、私も笑顔で頷き返す。
「良かった。今私もソレ言おうとしてたの」
本当?なんて言いながら無邪気にはしゃぐ泉君は、やっぱり本当に天使様に見える…。
と、天国に行きかけの表情でうふうふ笑っているときだった。
視界に何かがかすめたよう…な気がする。
あれ、とちょっと気になって辺りをさりげなく見回すものの…私達二人以外は、廊下に誰もいない。
けど、確かに何か見えたはずなんだけど…と、窓の外を何気なく見ると。
『竜胆、誤解は解けたのか?』
「…っ!?」
ああ。どうしてこうもタイミングよく現れるんだろ。
相変わらず快適に浮いてらっしゃるし。此処一応二階なはずなんだけど…。
チェシャ猫の如く嫌味に綺麗に笑顔を作りながら、百はふんと尊大に顎を上げた。
ビクついた私を訝しげに、何も知らない泉君が覗き込む。
「…どうしたの?」
「っううん!何でもないの!!」
大丈夫、と笑って見せるが…自分でも引きつっているのが解る。
『案ずるな。こやつには俺の声は聞こえぬし、見得ないからな』
そうなんだろうけど…嗚呼、落ち着かない。
大体どうしてまた出てきたのか…いや、多分ただの気まぐれなんだろうけど。
私が一人内心であたふたしているとは露知らず、泉君はならいいけど…と、また笑顔を取り戻す。
「そうだ、今日天気がいいから、屋上行ってみようよ」
いいこと思いついちゃったなー、と可愛らしく笑っている泉君に、私もぎこちなく頷く。
「う、うん。そうだね」
確かに今の時期の屋上は気持ちいいだろう。特にこんな晴れた日には。
けれど…と、ちらりと窓の外の百に目を向ける。
仮にも神様という身分だから、何かするようなことはないのだろうが…。
まぁ。いいか。どうにかなるだろう。
『…百も行こうよ、屋上。でも泉君には何もしないでよ?』
泉君に見えない角度で、こっそりと視線だけのやりとりをする。
前を歩く泉君は後姿でも楽しそうに見える程浮かれている。
その姿を小ばかにしたように見ていた百が、ちらりとこちらを見やり呟く。
『……………言われるまでもない』
今の一瞬の間は何だ。間は。
とにかくそんな疑問を抱えつつ、泉君と屋上にあがった。
プールの脇から続く道を抜ければ、鉄柵に囲まれた屋上がある。
風が強くて、制服の裾がばたばたとはためく。
鉄柵から下を見下ろして…一つ息を吐いた。
だって…あんまりにも、何も無くて。
何も無いというか…緑に覆いつくされている台地をこうして高い場所から見下ろすと、
非常に圧巻というか。
こんな山を守ってる神様が、今横でぼんやりしてる百なんだなぁと思えば、
何だかそれが凄く素敵なことに感じた。
「あー。やっぱ気持ちいいね。実はね、前から佐野さんと此処に来てみたかったんだぁ」
鉄柵に頬杖をついて、泉君が私に笑いかける。
それに何と言っていいか解らず、とりあえず曖昧に笑い返すと、
ふっと泉君の笑顔が少し大人びた空気を帯びた。
いつもの泉君のはずなのに、そうじゃないみたいな笑い方。
「綺麗なもの、沢山一緒に見たいなーって思ってたんだよ」
え?と聞き返す私に、泉君はぼんやりと眼下の景色を見渡す。
「ホラ、佐野さんて都会の学校から来たじゃん?
此処田舎だから、あんまり刺激は無いけど…逆に都会じゃ見れないような、
こういう綺麗な場所は一杯あるからさ。
そういうの見てさ、こんな場所でも好きになってくれたらいいなぁって」
…何だか、こんなことを言っては大変失礼だが、意外な気がする。
私が鈍感だっただけなのかもしれないけど…。
泉君が、まさかそんなことを考えていてくれたなんて。
しかもそんなことを全く感じさせなかったし…泉君は、凄いなぁ。
…いや、やっぱ私が鈍感だったのか。どっちでもいいが。とにかく。
「そう、だったんだ…有難うね、泉君。私、この場所大好きだよ」
って言っても、まだ来てから一年も経ってないんだけどね。
けれども泉君は本当?って聞き返して、頷き返せば本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
「…良かった」
本当に心から安心した、という風に呟いてから、彼はまた広大な緑を見下ろす。
隣の百に何となく視線を合わせれば、彼も私を見ていた。
百の守るこの土地を、あんなに好きで居てくれる泉君が居る。
それって百にとっても凄く幸せなことなんじゃないだろうか。
そりゃ…神様の幸せの尺度なんて、計り知れないけど。
『…百も私に負けず劣らず、幸せ者よね』
泉君に見えないのをいいことに、にやりと笑いかければ、彼がふんと顎を上げる。
『おめでたいヤツだ』
あら。相変わらずこういうときはつれないのね。
でも何だか楽しくて、思わず一人でうふふと笑ってしまう。
気付いた泉君が振り返る。
「どうしたの?佐野さん」
「…なんでもないよ。ただ私って幸せ者だなぁって思ってさ…泉君にそう思ってもらえるなんて」
すると泉君の顔がぼぼぼっと紅くなって、俯く。
その仕草がまた可愛くて、また笑ってしまった。
竜胆の隣の百がそんな二人の様子を無表情にじっと眺めていた。
少し風の強い屋上で、彼の黒髪はいつもと同じように風を受けて揺れていた。
NEXT
NOVEL TOP
|