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「やあ、不破」
「…む」
選抜合宿所のエントランスで一人たたずんでいた不破に声をかけてきたのは、この年代でサッカーをやる者なら知らぬ者は無い、武蔵森主将の渋沢であった。
「もう帰るところか。一人か?」
「いや、風祭と水野を待っている」
補欠というイレギュラーな形で選抜に残った風祭は、メンバー発表後コーチ陣に召集されていた。
水野は、眠ってしまっていてその説明を聞いていなかった風祭の付き添いで一緒に残っていたのだ。
その二人を待つ不破は、選考に残ることは出来なかった。
「選考、残念だったな。でも俺は、君も結構いい線行ってたと思うよ」
渋沢は不破を気遣う言葉をかける。
不破がつい最近サッカーを始めたばかりの初心者だということを考えれば、選抜に召集されただけでも十分誇れることだ。
しかし、不破自身はそう思ってはいなかった。
呼ばれたからには選ばれるつもりでいたし、それなりに自信もあったのだ。
「慰められたところで結果は変わらん。不毛だな」
「はは、慰めたつもりじゃなかったんだけどな…、それに、合宿初日に見た時より随分いい顔してる」
「そう見えるか?俺はどうもさっきからあまり気分が良くないのだが」
「具合が悪いのか?」
「分からん。健康は損ねていないはずだが、胸の辺りが重いというか何というか、何だかずっとモヤモヤした感じがするのだ」
「それって…」
小首を傾げながら手の平で胸元をさする不破の様子を見て、渋沢は何かを感じ取ったようだった。
そして、一見脈絡の無い質問を投げかけた。
「不破、サッカーは楽しいか?」
「む…?」
不破は表情を変えないまま内心だけで当惑する。
「その質問は…今の俺の状況に何か関係があるのか?」
「君がこの合宿に真剣に取り組んだんなら、悔しくて当たり前さ」
合宿最後の紅白戦、二人目のGKが抜けた時点で不破の合格の望みは消えていた。
最初から、いくら頑張ろうとも枠は埋まっている状態でのスタートだったのだ。
それでも不破は腐らずプレイを続け、最後のホイッスルが鳴るその瞬間まで不破のモチベーションが落ちることはなかった。
そんな不破の奮闘を、渋沢はちゃんと見ていたのだ。
しかし不破はどうにも腑に落ちない様子で、腕組みをして考え込んでしまう。
「選抜に落ちたことを悔しがっているというのか?俺が」
「違うのか?」
「落ちたものは落ちたのだ。悔しがっても仕方がないではないか」
「そりゃそうだけど、分かっていてもどうしようもないことだってあるだろ」
渋沢にそこまで諭されても不破はまだ納得いかないような顔をして、「むぅ」と小さく唸った。
「悔しいと思うことは大事なことだぞ、何も恥ずかしがることない」
「…俺は別に恥ずかしがってなどいないぞ」
不破が少しふてくされたように口を尖らせると、渋沢はくつくつと笑い出した。
「何がおかしいのだ」
「いや、君でもそんな顔するんだなあと思って」
そう言って、渋沢はなぜか嬉しそうに笑う。
その理由が分からない不破は首を傾げるばかりだった。
「渋沢ぁ、何やってんだ、行くぞ!」
少し遠くから、渋沢のチームメイトの不機嫌そうな声が届く。
渋沢はその声にやや焦ったように「今行く」と答えると、軽く握った拳で、トン、と不破の胸元を叩いた。
「その気持ち、忘れるなよ。都大会で待ってるぞ」
そう言い残して、渋沢はチームメイトの元へ戻って行った。
「あ、不破くん、待っててくれたんだ」
「遅くなって悪かったな、不破」
「…不破くん?どうしたの?」
ようやく合宿所から出てきた風祭と水野に声をかけられても、不破は一点を見つめてたたずんでいた。
軽く叩かれただけの胸元が、そこからじわりじわりと熱くなっていくのを感じながら。
選抜合宿から数日後、人もまばらになった夕暮れ時。
すでにほとんどの部員が引き上げたグラウンドに二つの人影があった。
「佐藤、もう一本だ」
息を弾ませた不破が、すっかり泥のついたボールを放る。
それを受け取ったのは、不破の居残り練習に付き合わされて残されたシゲだった。
「何や不破ァ、選抜落ちてから、逆にえらい気合い入っとるやんけ」
「うむ、俺は何も恥ずかしがってなどいないからな」
「はぁ?」
シゲは首を傾げたが、不破が突飛なことを言うのは今に始まったことではない。
あまり気にせず、不破から返ってきたボールを軽くリフティングしはじめた。
「何にせよ、選抜はええ刺激になったみたいやな、渋沢の旦那もおったやろし」
「…渋沢が居たら何だというのだ」
「同年代の同ポジションにアレがおったら気にならん奴はおらんって」
「む……」
「お前はまださらっぴんやさかいな。今の時期に上手い奴に囲まれて、揉まれたら揉まれた分だけおもろいように成長するで」
シゲは休まず口を動かしながら、足で、膝で、頭で、ボールを転がす。
怪我をした腕を庇いつつも慣れた所作でリフティングを続け、一向にシュートしようとしない。
不破は焦れて声をかけた。
「おい、佐藤」
「あーハイハイ、そない睨まんといてや。ほれ、返すで!」
「!」
ほとんど予備動作の無い動きで放たれたシュートは大きくカーブを描いて、伸ばした不破の手を避けてゴールネットを揺さぶった。
「貴様、今まで手を抜いていたな」
「あら、バレた?やってまだ俺本調子やあらへんし」
シュートの反動でコロコロと転がり、足元まで戻ってきたボールを足で軽く受け止めて、シゲは悪びれる様子もなく開き直った。
「なあ不破センセ」
「なんだ」
「サッカー、おもろいか?」
唐突な質問に不破は大きな目をぱちくりと瞬かせ、少し考えたのち、静かに口角を上げた。
「まだまだ、目下考察中だ」

渋沢を追う限り不破先生のサッカー考察は続く…みたいな。
都大会では会えなかったけどね…!
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